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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)391号 判決 2000年9月27日

原告

アイリスオーヤマ株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

被告

特許庁長官【C】

指定代理人

【D】

【E】

【F】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成10年審判第1847号事件について平成11年10月12日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨の判決

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「ごみ箱」とする別添審決書写し別紙第一の意匠(平成4年6月30日出願、意願平4-19697号。以下「本願意匠」という。)につき意匠登録出願をしたが、平成9年12月22日、拒絶査定を受け、平成10年2月9日、これに対する審判を請求した。特許庁は、同請求を平成10年審判第1847号事件として審理した結果、平成11年10月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月1日、原告に送達された。

2  審決の理由

審決の理由は、別添審決書写し記載のとおり、本願意匠が、別添審決書写し別紙第二の意匠(IWASAKI KOGYO INC.発行の内国カタログ「SQUARE SERIES」のRM-928プッシュオンカン25型のごみ箱の意匠(日本国特許庁意匠課公知資料番号第SC63067843号)。以下「引用意匠」という。)に類似するから意匠登録を受けることができないというものである。

第3審決の取消事由

1  引用意匠の認定の誤り

(1)  引用意匠の資料は、斜めから写した1枚の写真のみであって、本願意匠との類否判断に必要な構成が把握できない。

(2)  審決は、引用意匠のごみ箱投入蓋に関し、「開閉自在」、「ごみ投入蓋の短辺側の一方を固定し」などと認定しているが、これらは、上記写真から認定することのできない構成である。

(3)  審決は、引用意匠が「外周縁を細幅のフランジ」状に形成していると認定するが、引用意匠のフランジ部は、幅の太いものである。

(4)  審決は、引用意匠の上面の余地部が後方側を前方側より広く形成していると認定するが、この構成は、引用資料から全く認識できない。

2  類否判断の誤り

(1)  基本的構成態様

審決が本願意匠と引用意匠との共通する基本的構成態様とする構成態様は、他の登録意匠が備えているありふれた構成であって、両意匠の類否判断を左右する要部とはなり得ない。

(2)  具体的な態様

両意匠の差異点は、両意匠の独自の特徴点と評価できるものであり、これらの差異が存在する以上、両意匠は非類似とされるべきである。

イ 引用意匠の蓋体には、本体に固定するための後方バックルがない。また、引用意匠の蓋体に設けられたごみ投入蓋は、前方にずれて配置されており、蓋体上面後方には、前方の余白部の約3倍以上の広い余白部が設けられている。

ロ 引用意匠の蓋体のフランジ状の本体への被せ部は細幅であり、段差状立ち上がり部の幅の方が約2倍広く、上面全体は水平な平坦面である。これに対し、本願意匠のフランジ状部位は、側方視、上面視共に顕著に太幅であり、段差状立ち上がり部の幅の方が細幅にされている。そして、上面全体は、前後に緩やかな太鼓状凸面を形成しており、フランジと段差状立ち上がり部との幅の差は、太鼓状凸面の最高位置で約2分の1、最低位置で約3分の1である。

ハ 引用意匠の本体は、漸次上方に拡開してゆく函体の造形において、側面を等比率で直線状に拡開してゆく構成としているのに対して、本願意匠は、引用意匠よりもスリムであり、しかも、上端近傍位置において拡開比率を高め、ラッパ状に拡開するように構成している。

(3)  既登録意匠の形状

以下の既登録意匠は、本願意匠と引用意匠の共通点であって類否判断を左右する要部として審決が認定した構成のうち、「面一致状」以外のすべての構成を備えているにもかかわらず、登録されている。審決の要部認定は、誤りである。

イ 甲第21号証(登録第929617号)の意匠は、審決が本願意匠と引用意匠とが類似する理由として挙げた認定内容に完全に当てはまるものであるにもかかわらず、意匠登録がされた。

ロ 甲第22(登録第832489号)、第23号証(登録第832549号)の意匠は、本願意匠の「後方バックル」の存在が意匠の類否を左右することを示し、また、「面一致状」の態様が類似とする理由として重要視する必要のないことを示している。

ハ 甲第23、第24号証(登録第775879号)の意匠は、蓋体の形状が異なれば別意匠となることを示している。

ニ 甲第24、第25号証(登録第974712号)の意匠は、蓋体が山形であっても把持グリップの有無により非類似とされ、本願意匠がバックルを備えることにより、引用意匠とは非類似とされるべきことを示している。

ホ 甲第26号証(登録第775538号)の意匠は、本願意匠が引用意匠よりスリムであることが意匠の類否を左右する「引用意匠との差異点」となることを示している。

ヘ 甲第27(登録第775069号)、第28号証(登録第775274号)の意匠は、ごみ箱の前面下方にある開閉ペダルの周囲の態様から非類似とされている。このことは、本願意匠のバックルが上面後方にあっても重視されるべきことを示している。

ト 甲第28、第29号証(登録第919100号)の意匠は、ごみ投入蓋の態様が異なり非類似とされている。このことは、本願意匠に独自の、蓋体の太鼓状上面、幅広のフランジ部、後方バックル等の構成が重視されるべきことを示している。

第4被告の反論

1  引用意匠の認定の誤りについて

(1)  斜めから写した1枚の写真のみであっても、その意匠の分野の常識から当然推認できる範囲において意匠の形態を把握し認定することのできる意匠であるならば、これに基づいて類否の判断をすることが可能である。

(2)  ごみ箱であるからには投入口が必要であり、手前のプッシュ部、周囲の枠内の蓋の存在を考慮すれば、手前のプッシュ部を押すことにより後方に向けて開閉することは容易に想定できるから、「開閉自在のごみ投入蓋を有する」、「ごみ投入蓋の短辺側の一方を固定し」との審決認定に誤りはない。

(3)  本願意匠の外周縁は、横幅及び縦幅と比較してわずかな細い幅のフランジ状に形成しているから、「外周縁を細幅のフランジ状に形成し」とする審決認定に誤りはない。意匠全体を観察する場合、蓋体のフランジ部の態様について、「外周側に細幅の段部を形成し、外周縁を細幅のフランジ状に形成し」と認定するのが妥当である。

(4)  上面の余地部については、引用意匠は審決認定のとおりであって、斜視図の性質上、手前より後方の方が狭く認識されることを考慮すれば、後方側がより広いことは明らかである。

2  類否判断の誤りについて

(1)  基本的構成態様

本願意匠と引用意匠との共通する基本的構成態様は、ありふれているとしても、両意匠の差異点が審決にいうように何ら見るべきものがないときは、最も看者の注意を引くところとなる。

(2)  具体的な態様

イ 「後方バックル」及び「蓋体上面後方の余白部」に関する原告の主張は、誤りである。

ロ 引用意匠全体を観察すると、「蓋部について、外周側に細幅の段部を形成し、外周部を細幅のフランジ状に形成し」とする審決認定は正当であって、使用時に通常上方からごみを投入することを考え併せれば、原告主張の側方視の差異は、上記の審決認定に包摂されてしまう程度のものである。

ハ 引用意匠の本体は、審決認定のとおり、全体を上方に向かって漸次幅広に形成している点で共通しており、本願意匠が引用意匠よりわずかに縦長で横幅が狭い程度であるから、その差異は類否の判断に影響しない。

(3)  既登録意匠の形状

甲第21、第25、第29号証の意匠は、本願意匠より後の出願であり、本願意匠の類否判断に影響を与えるものではない。原告主張に係るその余の既登録意匠は、以下のとおり、本願意匠と種々の点で差異があるから、これら意匠が登録されたことをもって、本願意匠と登録意匠の類否を判断する資料とすることはできない。

イ 甲第22号証の意匠は、蓋部上面が面一致状ではなく、また、開閉自在のごみ投入蓋がなく、蓋部短辺側に本体部と蓋部を固定する締め付け金具を有している。

ロ 甲第23号証の意匠は、蓋部の短辺側に押しボタン部が存在しない。

ハ 甲第24号証の意匠は、蓋部の長辺側の側面の高さが高く、ごみ投入蓋は略円弧状に形成されている。

ニ 甲第26号証の意匠は、ごみ容器本体の形状が上面視略正方形状である。

ホ 甲第27、第28号証の意匠は、蓋部全体が蓋部後方を支点にした開閉蓋であり、本体部前方下端に略台形状の凹部があり、足踏部を設けている。

第5当裁判所の判断

1  引用意匠の認定の誤り

(1)  一般に、引用意匠の構成を示す資料が限られていても、これにより認定することのできる範囲においてその構成を認定することに問題はない。本件において、引用意匠の構成を示す資料が斜めから写した1枚の写真のみであっても、このことから直ちに、引用意匠の構成に係る審決の認定が違法となるものではない。

(2) IWASAKI KOGYO INC.発行の内国カタログ「SQUARE SERIES」のRM-928 プッシュオンカン25型のごみ箱(乙第1号証)の意匠は、蓋部の前部にプッシュ部があり、これに蓋部の形状を考え併せると、引用意匠のごみ箱投入蓋は、手前のプッシュ部を押すことにより後方に向けて開閉すると認められる。引用意匠の蓋部について「開閉自在」及び「短辺側の一方を固定し」とする審決の認定に誤りはない。

(3)  引用意匠の外周縁が細幅のフランジ状に形成されているとの審決認定は、「細幅」という趣旨が必ずしも明確ではないが、これを「太幅」であるとする原告主張も、直ちに首肯し得るものではない。上記外周縁は、特段細幅でも太幅でもないというべきであり、これを前提として本願意匠との類否を判断すべきである。

(4)  審決は、引用意匠の上面の余地部が後方側を前方側より広く形成していると認定するが、前方より後方の方が狭く認識されるという斜視図の性質を考慮しても、そのように認定することは困難であり、また、ごみ箱という物品の性質に照らしても、後方側が前方側より顕著に広く形成しているとは考えにくい。引用意匠において、後方側と前方側がほぼ同じ幅で形成していることを前提として、本願意匠との類否を判断すべきである。

2  類否判断の誤りについて

(1)  基本的構成態様

本願意匠と引用意匠とは、基本的構成態様を共通にしており、具体的構成態様における両意匠の差異が基本的構成態様の共通性を凌駕しない限り、両意匠は類似するというべきである。以下、具体的構成態様につき検討する。

(2)  具体的構成態様

具体的構成態様における両意匠の差異点が両意匠の類否に及ぼす影響は、以下のとおりである。

イ 引用意匠の蓋体に後方バックルがあるかどうかは、乙第1号証から明らかではないが、仮に、これがあるとしても、両意匠においてバックルが後方にあり、また、その形状及び大きさが特段目立つものではないことに照らすと、バックルが両意匠の類否に及ぼす影響はさしたるものではない。また、乙第1号証によれば、引用意匠の蓋体に設けられたごみ投入蓋は、やや前方にずれて配置されていると認められるが、蓋体上面後方に前方の余白部の約3倍以上の広い余白部が設けられているとまでは認められず、この点も、両意匠の類否に及ぼす影響はさしたるものではない。

ロ 両意匠における蓋体のフランジ状の本体への被せ部は、いずれも、特段細幅でも太幅でもないというべきであって、両意匠の類否に及ぼす影響はさしたるものではない。

ハ 確かに、慎重に観察すると、引用意匠の本体が側面を等比率で直線状に拡開してゆく構成としているのに対して、本願意匠が引用意匠よりもスリムで上端近傍位置において拡開比率を高めるように構成しているが、本願意匠においても、拡開比率の変化は、上端部を除き極くわずかであって、しかも、上端部は蓋体に隠れて見えにくい部分であるから、この点も、両意匠の類否に及ぼす影響はさしたるものではない。

(3)  類否の判断

以上のように、本願意匠と引用意匠とは、その基本的構成態様を共通にしており、具体的構成態様における両意匠の差異は、いずれも両意匠の類否に及ぼす影響がさしたるものではないから、両意匠は類似するというべきである。

(4)  既登録意匠の形状

一般に、意匠の類否は、当該対比に係る本願意匠及び引用意匠ごと個々に判断されるべきであり、また、本願意匠と基本的構成態様の類似する意匠が既に登録されているからといって、具体的構成態様の差異を考慮することなしに直ちに本願意匠が登録されるべきであるということはできない。本件においては、上記のとおり、本願意匠は引用意匠と類似するということができるから、原告主張に係る意匠が既に登録されていることは、上記類似の判断を左右するものではない。さらに検討すると、以下のとおり、これら意匠は具体的構成態様において本願意匠及び引用意匠と異なっており、これが意匠全体の類否に影響を及ぼすものというべきであるから、これら意匠が既に登録されていることは、本件における上記類否判断を左右するものではない。

イ 甲第21号証(登録第929617号)の意匠は、ごみ投入蓋の後方角に切り欠き部があり、蓋が長方形状ではない。また、蓋の前方に設けられた舌片が目立つ形状となっている。

ロ 甲第22号証(登録第832489号)の意匠は、蓋部上面が面一致状ではなく、また、開閉自在のごみ投入蓋がなく、蓋部短辺側に本体部と蓋部を固定する締め付け金具を有している。

ハ 甲第23号証(登録第832549号)の意匠は、蓋部の短辺側に押しボタン部が存在しない。

ニ 甲第24(登録第775879号)、第25号証(登録第974712号)、第26号証(登録第775538号)の意匠は、蓋部の長辺側の側面の高さが高く、ごみ投入蓋は略円弧状に形成されている。

ホ 甲第27(登録第775069号)、第28号証(登録第775274号)、第29号証(登録第919100号)の意匠は、蓋部全体が蓋部後方を支点にした開閉蓋であり、本体部前方下端に略台形状の凹部があり、足踏部を設けている。

3  以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 長沢幸男 裁判官 宮坂昌利)

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